アーサーおじさんのデジタルエッセイ568

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第568 おとなの床屋


 中年を過ぎると、ほぼすべての男性の共通の悩みがある。
頭である。
脳のことではなく、「髪」の減少である。
どうにもごまかせない相手が床屋さんではないかと思うが、彼らも毎日毎日上から眺めて顧客の相手をしているので、その悩みには詳しい。
「なんだか、薄くなっちゃって・・」
「もう俺もダメだな、こりゃ」
 などと、それとなく泣き言を言うお客を慰めてくれる。
別に慰めてもらわなくてもいい時でも、つい挨拶みたいに言うのは、身を任せる手前、我々も照れくさいからなんだろう。
 私も、長く行きつけであった理髪店でそういうセリフを繰り返していた。
鏡を見ながら「あれ、あれ薄くなっちゃった」と言ってみる。
店長がそれに応えて「いや、ふさふさじゃないですか。」「どうして、どうして、まだまだありますよ」と笑顔で優しくフォローしてくれる。
 まあ、これはやはり店長と客の挨拶なのだ。
そういうやり取りが何年も続いた。
「もう、駄目だなあ、この薄さじゃ」ある日、私はこう言った。
 ニコニコしている店長が嬉しそうに言った。
「大丈夫ですよ。いいこと教えましょう」
 そう言って、ブラシと櫛で、頭頂を扱い始めた。
「ここをね、一旦起こして、左右に分けてドライヤーで固めるんです、ほらふさふさに見えるでしょう!」

 私は非常に衝撃であった。
これは「挨拶」ではない。
これは対処法ではないか!
いつもの「ふさふさじゃないですか!」という返事が返って来なかったのだ。
店長はきっと心の中で『お客さん、私もそう思います』と言ったのだ。
私は突然あちら側に置かれたのだ。
床屋的テクニックで処置する側のことだ。
私はまるで、子供料金を窓口で拒否された青年のような気持ちで、「おとな」になった現実を受け入れなければならなかった。
もう戻れない世界。
こちらで一生を生きていく覚悟をしなければならなかった。

               
             ◎ノノ◎
             (・●・)
               

         「また、お会いしましょ」 2011年12月8日更新


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