アーサーおじさんのデジタルエッセイ429

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第429 キリコの路地 


 昔、それは夢の風景だと考えていた。
あのキリコの絵に出てくる、ローマ風のエンタシスの柱列や建物に囲まれたひと気のない路地。
遠くまで見えるのに誰もいない木魂する都市の一隅。
音の無い生の風だけが吹いている。
時おり、不自然な少女の輪回しの影が横切るだけ。
空はジュラ紀のように青く純粋に見える。
 とはいえ、年が明けた元旦の戸外では、いつもの道路が不気味に寂しく、たまに注連飾りを付けたタクシーがシューーと風を切って通り抜けていくのを覚えている。
恐かった。
店々のシャッターは閉じられ、地上の人が死に絶えて、カメラだけが回っている。

 スペインの都市。
日曜日の朝の7時ごろ、新聞を買いに出た。
駅まで行けばなんとかなるかと。
驚いた。
外に出ると、死に絶えた石の街であった。
路地を覗くと、暗い谷の底に落ちたようだ。
全風景に誰もいない。
一人で歩くのに危険を感じるほどであった。
「これが西洋の日曜日なのだ」デパートも一日中閉じられている。
あのキリコの路地は、ここではありふれたものである。
シュールレアリズムというのは空想の静寂ではなく、現実を描いていたのだ。
お正月の奇妙な静寂がここでは毎週見られる。
子供の頃の小さなトラウマにヒリヒリとくる感触を、ゆっくり確かめることができる。

             ◎ノノ◎   
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」  2008年12月20日更新


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