アーサーおじさんのデジタルエッセイ413

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第413 急ブレーキ・シンドローム


 お産の時に、口に棒をくわえさせたり、天井から下げた棒を握らせたりして、陣痛に耐えさせ、力を集中させる方法がある。
それを映画で見ることがある。
 強いエネルギーを正しく導く補助具なのであろう。
そこには何か通過点での儀式めいたものを感じさせる。
 さて、電車の中で座っていようが、立っていようが人びとは忙しく自分に打ち込んでいることがある。
語学のテキストを開いている人も多いが、中には立ったまま会社の企画書らしいものを読み込んでいる。
見ると初老で色艶が良く体躯もがっしりした男性が、資料らしきものと企画書を同時に片手に握り、つり革を持った手を外して、赤のボールペンに持ち替え、口でキャップを外すと、せっせと忙しく書き込みを始めた。
鋭い目つき、額には険しい皺を寄せている。
ああ、仕事を進めたくて車内に持ち込んでいるのだろう。
やり手なのだ、とこちらは考える。

 つぎの瞬間、実はクロスワードパズルであることが分かった。
私は戸惑った。
それは「パズル」を解く人間が通常与える信号ではないものを感じたからだ。
かれは頑張っているのだ。
むろん「パズル」にではなく、人生の予感と戦っているのだ。
もう崖っぷちへの標識が立っている。
いかに再雇用や、再就職の道が見つかろうとも、権威と能力においてこれまでの右肩上がりの人生ではなくなる。
それをまあ受け入れることが出来ず、クロスワードにその力の行き先を与え、喰い付いているのだ。
そう思う。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」  2008年6月1日更新


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