アーサーおじさんのデジタルエッセイ357

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第357 水曜の午後、雨が降る


  なにを伝えたいのか、書きたいのかよくは分からないけれど、あの瞬間はどこか、古い記憶の層につながる“感じ”がある。
 一身上の都合で、都内東西を横断したあまり足を運ばない遠くの街に行く。
用事はすんだので、駅の周辺でも散策しようと考えるが、あいにく雨で目欲しいポイントも無さそうである。
そう、昼ごはんを食べていない。
どこかでゆっくりと食べようか。
ここは古い町では無さそうだ。
下町風の裏振れた路地もなく、老舗風の瓦屋根の建物も見当たらない。
ぎっしりと並ぶチェーン店舗はどこにでも見かける原色の看板ばかりである。
 さて、立ち食いうどんの店がある。
ガラス戸越しに眺めると思ったより中は広いし、おまけにカウンター席が並んでいるが全て椅子があり、立ち食いでもない。
奥で一人の青年が食べているだけである。
30席ほどもあり静かである。
「ガラガラ」と開ける。(自動ドアであったかも知れない。)演歌が流れている。

食券を販売機で購入。
「イラっしゃいマせ」と出てきた女性は、腰回りが太く、アジアの声であった。
 左にガラス戸の外の風景を見ながらうどんを啜る。
彼女はもう奥に入って、私と同じように食事をしている。
ああ、お昼の喧騒が過ぎて、昼食の時間でもあるのだ。
 明るいガラス戸のすぐ横の歩道は雨に濡れた黒いアスファルトである。
眺めているとぬっと足が見える。
そして黄色い傘が入ってくる。
そうして右に流れていき、画面から消えていく。
男、女、子供、お母さん。
そうやって、ガラスのスクリーンに流れていく足の映像は音をたてず、優しくアスファルトを踏んでいる。
湿った道路はなにか例えようのない小さな音をさせているはずだ。
 ミチミチ、ミチミチ。そうだ、小さな頃の雨の日にはそのように優しい音を聴いていた。
いつからかそれが聞こえなくなった。そう思った。
 地方都市の、まだアルミサッシなどない木戸の商店や食堂で、いつまでも雨の音を聴いていたはずなのだ。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)。

         「また、お会いしましょ」 2007年4月22日更新


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