アーサーおじさんのデジタルエッセイ358

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第358 人質の会話


 その時、カフェテリアにいて不思議なことに気がついた。
私からテーブルひとつ挟んで離れてに座っている恋人同士のジャスチャーについてである。
静かに会話をしている若い二人。
 その前に何故、恋人同士と書いたか。
 二人の距離である。
小さな声で会話をする二人の顔は近い。
話し慣れている風であり、両方の肩口を寄せ合い、片方の顔のすぐ前でもうひとつの顔が頷いている。
心理学では「二者の距離は社会関係を表す」という親近性と距離についての捉え方がある。
いま見る限りは、相手の息遣いが感じられる至近距離にあること。
互いの声は囁きであっても伝わるし、口や目の動きで感情が通じる距離。
 その上で、男性の手の動きに私の目が行った。
あ、手のひらが回転する。
開かれ、指が捻られ、上を向く。
水平に流れる。
なんてきれいな動きなんだ。
まるで「アメリカ人」のようだ。
若い人も随分と変わったな。
日本人は仏像のように、唇だけでぶつぶつと喋るのかと思っていた。
 恋人たちの、真剣で優しげな会話の様子を見てうらやましく思った。
その時、周囲の小さな喧騒を破って、風の間から二人の声が聞こえてきた。
 それは英語であった。
 見た目は、間違いなく日本人どうしのカップルであったが、日系人の二人なのか、言葉は完全な英語であったのだ。
そうすると私が「アメリカ人」のようだ、と思ったのは勘違いではなかった。
ジェスチャーは完全に異国の言葉であったのか。
そう、音声が伝わらなくとも、視覚の上では完全に外国語が語られていたのかもしれない。

 私の妄想は膨らむ。
 もしかしたら、彼等はあの手のひらの「しぐさ」がなければどうなるのだ。
あそこから届いて来る言語を遮断したら、二人の言葉は通じるのか?
−−二人がロッジ風の別荘に拘束されている姿が見える。
互いに向かい合わせで硬い椅子の背に後ろ手に縛られて、見詰め合っている。
恐ろしい男達がやってきてこう言う。
「よし、後は誰かがやって来るまで仲良く話しでもしてな」
二人は口に貼られていたテープを剥がされる。そして男は去る。
 安心した二人はゆっくりと話し始める。
いつやって来るか分からない助けが来るときまで、互いを気遣ったり、経過を語ったりしている。
話題が尽きるが、不安を紛らわせるために思い出話などを始める。
「僕の母はこんなだった」
「こんなって?何のこと?」
 彼は後ろ手でジェスチャーをしているのかもしれない。
「うーんと渋い顔でね、こう背中を反らして・・。分かる?」
「ああ、そんな顔で、背中を反らすのね、まあ分かるかな」
 やがて夜が来る。
「びしっと、兄が手を回して」
「え?」
「ぼくのお尻をそっちの木に押し上げる。反対側に枝が絡む、こんな感じ・・」
「なに?分からないわ」
幼年時代の思い出話はむつかしい。
ほとんどが五感で感じたことなのだ。
日が落ちると、もう、暗くて表情も読めない。
お互いに黙る。
「ハーイ・・・」闇に声がする。
声の抑揚だけで感情が伝わるだろうか・・・。
二人の距離は半日も前から変わらないのに、どんどん離れていく。
ジェスチャーを試み、眉を動かしても無駄のようだ。
もう何キロも遠く離れたみたいだ。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)。

         「また、お会いしましょ」  2007年4月28日更新


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