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レオナルド・ダ・ヴィンチ素描集 「衣襞の習作」


 
Study of the Drapery of a woman kneeling to the left Study of the Drapery of a woman kneeling to the left

Rome,Corsini Gallery

「衣襞の習作」
ローマ、コルシーニ画廊蔵

赤の色紙、銀筆、白色のハイライト。25.8cm×19.5cm
レオナルド・ダ・ヴィンチには衣襞の習作が幾つかある。石灰水に浸した布を引き上げて乾かし、それを立てかけて熱心に写生した。

〈レオナルドの言葉>
私が神様を嬰児として描いたとき、あなたは私を牢獄へ投じた。が、私が神様を大人に描けば、あなたはわたしをもっとひどい目にあわせるにちがいない。(C.A, 252.r_a)


固まったワイン色

 赤い紙の表面を見ていると、次第に赤の刺激は失われる。太陽の下で目蓋を閉じると、それこそ真紅の血の海が、閉じた眼前に広がる。本当の赤色というものはこんなんだ、と激しく思わせる。しかし、次第に単なる闇のような気がしてくる。

 いったん目を開け、繰り返す。太陽に向かって目を閉じる。陽が注ぐままにする。真紅。またもや覇権を忍ばす闇くろ。赤の刺激はつづかない。あんなに鼓動をもたらす色彩が、怠慢にも闇に席をゆずるのに憚らない。.体内に流れるゆえに、赤は自覚することが続かないのかしら。

 そばに白や黒、青や緑を置いておいて、見比べさせたり、そして饒舌をそのままにキープさせ、ご機嫌を損ねないようにしておかねば、どこかに去って行く。激しく踊りつづける女ダンサーのように、限りないエネルギーを認める舞台だけで生きつづける。そこでは騒がしげな音響、風、むらっけのある匂い、目配せを含んでいる。ラテンのリズム。

 たまには赤紫蘇(あかじそ)の酸っぱげな匂い。生きていることと、死に近づくことの間で定まらないピチピチとし、そしてぐったりとして首を持ち上げる命。少し離れて、他人事の気分でうらやましく眺める時、いのちの姿がかなり見えてくる。

 静かにたおやかに、しな垂れかかる布の姿にも、「布の持ち主」の隠された過去と包み込まれた生命に拘わる秘密を形に刻んでいるのをこの絵の作者は見ているはずだ。葡萄色のロッソは聖なる秘儀では主の血を表す。
       《アーサー記》


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