アーサおじさんのデジタルエッセイ73

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第73話 火事場の「踏絵」


世田谷美術館に「福田繁雄・福田美蘭展」を見に行った。父のほうはトリッキーな造形をポスターにする有名デザイナー。美蘭はその長女で画家。画家といっても、絵を見せる人ではなく、「絵画」という「認識」を考えさせる人。「抽象画」という"具象画"を書いたり、写真と絵画の関係をひっくり返したりと試みる。(何言ってるか、わかんないでしょ)

彼女の作品に、美術館の床に置いた「床の上の絵」というのがある。鑑賞者は足で踏んでいかねばならない。大きな古典画が描かれており、キリストの家族のようである。となりの部屋の父親の変わったオブジェに触れたら、学芸員から叱られたのに、こちらは踏め、と言うことだ。

彼女は「壁に並べて、触れないようにして鑑賞する美術館という形式自体を考え直す」と言っている。あらかじめ新聞記事で知っていた。「ああ、これが例の床の絵か」と思い近づいた。足を伸ばした瞬間、驚いた。頭では分かっていても足が拒否するのだ。それは立派な額縁をいただいた古典画なのだ。足は自然に「キリストやマリヤの顔」を避ける。さっきまで用賀の遊歩道を歩いてきたナイキのスニーカーには泥も付いているだろう。額縁は踏ん付けたら割れるかもしれない。そうして、湯に入る時のようにそろりと額縁を跨ぎ、僕は絵の上に立つ。そのときヒヤッと胸を突かれるものがあった。

1. "踏んでいいのだ。"という声。芸術や美術館という形式、そして権威。それを踏んでしまうこと。それを作家と美術館さえ認めれば、実は何も起こらない。何も悪いことではない。僕らが「絵」を手で触ってはいけない、踏んではいけないと思うのはどこから生まれたのだろうか。小さい頃はなんにも知らず、手を出し、乗っかった。いつのまにか上と下を教えられ、芸術や偉いものを区別され、聖なるものを崇めるように躾られた。いつから芸術をさわれなくなったのか?天神様の「牛の像」は御利益があって欲しい患部を撫で回されて、拝まれて、ピカピカに光っている。それがルールなのだから。またイスラムのメッカ、聖なるカブールの石も撫で回され、キスされるではないか。一方、美術館ではなにもかもが額縁でつんとして、近づくことを拒否している。「お手を触れないでください」と注意の札。そんなものに囲まれ続け、どんどん自分は社会の決りの間で不自由に小さくされていた。怖がるな!誰かを矮小化するものに負けず、誰からも害されずに踏ん付けてもいいのだ、勇気を持てと教えてくれているようだった。

踏絵にしゃがんで

2. "踏んではならない"という声
その時、いつか、これと似たような事があったと感じた。あとになってからそれが「火事場」だと気が付いた。20代の頃、ある夜、自宅が火事に遭った。隣家から火が回って来たのだ。消防車が取り囲んだ。僕は布団類を反対側の窓から放り出していた。玄関が開き、「手伝います!」という声とともに若者が飛び込んで来た。「土足だ!」僕は先程まで、そこに寝床があり家族やテレビがある居間に土足で入られたことにショックを受けた。ここは「我が家」なのに、彼は「火事の現場」という認識を持ち込んだのだ。僕はその突然の認識についていけず、緊急時でありながら、何度も靴を履き、脱いで、出入りせざるをえなかった。外も内も一緒では、生活も日常もあり得ない。こころの中で守っているものに入り込んではならないのではなかろうか?「それはお前が勝手に決めたこと」と、人に言われたくない。この取り決めに暮らしているのだから。

3. 踏んでしまうことの不安
これは踏絵である。お前はこれが踏めるか!と迫るものである。宗教ではなく、様ざまな社会的な制約。しかし、遠藤周作の「沈黙の人」の"キチジロー"のように、自分がキリストを死してまで守れるか自信がない人間はいるだろう。尊敬したい、しかし、死ぬほどではない。できればそれを問わないで欲しい。曖昧なままで信じさせて欲しかった。迫られることで罪悪感を背負って生きることになるからだ。同じように、我々も「名画」を信じてないとしても、尊敬していないわけではない。イタズラのように踏みつけ、妙な「罪悪感」が背筋を走る。人生はそんなにまで、厳格に追い詰めないでほしいのだ。

これらの声を、同時に聞きながら、おそるおそる絵の上でしゃがんだ僕は、画面を覗き込む。本当に彼女の描きこんだ絵の具の盛り上がりの上にいることにまた驚いた。そっと指で触れてみた。「そこの人、“手”で触らないでください!」と、叱られるのではないかと、恐れながら。

     

            ’◎ノノ◎ 
             (・●・)’
      

    「 うわ、これ長〜いね」 2001年9月8日更新


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