アーサーおじさんのデジタルエッセイ544

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第544 人生の計算


 そうか、もう無駄かもしれない。
 こんな計算はしたくないと思うだろうが、簡単でもある。
 私が好きで勉強しているとはいえ、スペイン語の本を読むのは大変である。
結局のところ、休止期間を含めると、一冊の書物を読むのに、3か月くらいは掛かるだろう。
そうすると一年に4冊がいいところである。
そして私の余命を計算すると、50〜60冊がいいところであろう。
後半は読む力が落ちるかもしれないからそれも厳しいのだろう。
病気でもすれば、決して読めないこともある。
 そうか、もう無駄かもしれない。

とすると、もう本棚にある書物でほぼ充分ということになる。
 これまで若いとばかり思いながら、様々な分野に挑戦し、仕事の隙間を利用して楽しんだり勉強したりしてきた。
さあ、これからだと思えば、それどころかもう終わる準備をしなければならないのだ。
これまでは、前方にはいつでも未来が横たわっていて、その向こうは霧の先で見えなかった。
さて、霧が晴れたら目と鼻の前にすぐ壁があるというわけだ。
「150歳までの予定」で行動しても無意味なのだ、と知らなければならない。
むしろ制限を加え、予定を切り詰めなければいけない時期に来た。
ははは。笑ってしまう。
 この人生、どう引き受けたらいいのだろう。
 アドバイスを訊きたくても、どうにも自分よりも先輩は少なくなっていた。
少ない先輩に訊こうとしてもあっちも少しボケているようである。
やっかいである。
 前回書いたように、自分は青年であるという日々の認識は、そんなに悪くないかと思っていたが、いったいそれできちんと人生の始末はつくのだろうか?


             ◎ノノ◎
             (・●・)
               川

         「また、お会いしましょ」 2011年5月29日更新


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