アーサーおじさんのデジタルエッセイ543

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第543 時空の歪み


 先週、渋谷の駅で壁に掛かった路線案内を見ながら改札口の方へ歩いていたら、勢いよく人にぶつかった。
ぶつかる寸前に感知した。
それは彼の足を1センチばかり踏んだからだ。
「あ」と思った時はおそかった。「ごめんなさい!」
しかし次の瞬間、彼の肘鉄をわき腹に食らった。
 これはスローモーションで説明しなければならないだろう。
 海上での船舶の衝突に似ているかもしれない。
まずこちらは左後ろの壁を見て歩いていた。
 日除け帽子を被った老人は、顔を下げて、手元の地図か書類を読みながら歩いていた。
双方が前方に不注意だったのだ。
そして互いに、眼ではなく、足元で異物を感じてその衝突を避けようとした。
人体の慣性はあったものの、ぎりぎりで避けられたのかもしれなかった。
右側から迫った先方もまた、同時に感知したのだが、反応は異種なものであった。
私の目には一瞬、彼の下を向いた顔が見えた。
しかし彼は「ケワッ!!」とか言う唾を吐くような動物音を発して、左の肘を立て、私のわき腹を突いたのだった。
本能的な防御反応だとは思うけれど、野蛮である。
ほとんど進路に据えられたゴミ缶を蹴飛ばす勢いであり、その後もフォローに近い仕草はなく、ブルドッグの鼻息で去るのだった。
「あー、ちょっといやな日だ」と気を鎮めながら、歩み始めた。

初老のその男性は瞬間的な対応に、その荒々しさが見え、古いタイプの旧人であると思えた。
 それから私は電車に乗った。
 そしてである。私は不思議なことに気がついた。
出来ごと自体にはたぶん何も関係が無いことだ。
 この船舶の衝突を迎える瞬間、私は相手のみを見ているわけだが、頭の中では「二人の衝突の光景」を外から見ていた。
それは帽子を被った初老の男性と、若い学生の私であった。
ここで自分は青年であったので、それらしく間髪を入れず「ごめんなさい!」と叫んだ。
そのイメージが不思議であった。
私は鏡を見ず、本能的には「学生のように若かった」。
けれども、現実には、第三者の目からは同様の初老の二人の男性がいただけかもしれない。
これは一般的なことであろうか?
それとも客観的な認識発達の歪みだろうか。
 宮崎駿氏のアニメ「ハウルの動く城」で、80歳の老婆に変身させられた主人公のソフィーが、我を忘れて真剣に対応している時は、その姿が若い少女に戻る光景がある。そう、人はしばしばひっそりと過去に戻ることが出来るのである。

             ◎ノノ◎
             (・●・)
               川

         「また、お会いしましょ」 2011年5月21日更新


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