アーサーおじさんのデジタルエッセイ510

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第510 カフカ


 広い会議室で、講師の女性と我々事務局が勉強会の打ち合わせをしていた。
夏の暑い日中なので、南側のシャッターを閉ざして、ややひっそりとした空間であった。
彼女はいつも優しい口調で静かに喋るのである。
それもそのはず、我々の勉強会は「カウンセリング」をする側のものであり、彼女は対話のプロ、カウンセラーとしての講師である。
それで互いに最近の企業では管理職がストレスからのメンタルヘルス不調を訴える状況を報告していた。
これは本当に深刻で、昔のように上の者が少々いばっていれば、うまく行く、つまり懇切丁寧な部下の教育・対応がそれほどは重要でなかった時期にくらべて、シビアになっていく企業環境を反映していた。
そこで彼女は、「カフカがあるんですね」と言った。

 暫らくの間(ほんの一瞬)誰も反応をしなかった。
講師は、もう一度丁寧に、「カ・フ・カ、が・・・」と繰り返した。
 もちろんその繰り返しの前に私は理解した。
でも、勝手に目の前には、海辺が現れ、あのユダヤ人・カフカの鋭い目が現われた。
「海辺のカフカ」である。
一枚の写真。
カフカが海遊びをした時の写真である。
同時に、なぜだかサルバドール・ダリが海辺で遊んでいた。
 こういう想像は、意図してではなく自然に起こる。
私はその映像が消えないように大事にしながら、現実の部屋での会話に戻った。
事務局の全員が「過負荷」だと理解したか、しないか、分からなかった。
けれども、私は「過負荷」にたどり着かなかったかもしれない脳というものを想像した。
もし、とうとう気付かないスタッフがいたとしたならば、その頭には文脈がどうなったのか。
目の前の実務の打ち合わせと、神秘的な目と耳を持つフランスの作家の痩せた裸の姿がどう絡んでいったのか、ちょっと羨ましく思えた。


             ◎ノノ◎
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」 2010年9月4日更新


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