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第5話 割り箸のはなし


料理屋で、割り箸の木目がうねうねとしていると、パリッ!と途中で割れてしまうことがある。「私、不器用で」などと相棒がいい訳をすると、私はあのことを話す。

 ―違うんです。それは正しいのです。その割り箸はわれるべき形に割れたんです。あなたはそれを助けたのです―。

 その昔、箸というものは20センチほどの長さに切られた丸太を、薪のように立てて上から斧で切り割った。木の本来の繊維に沿って裂かれたので、師管とか繊維質とかなんとかがそのまま生きていたから丈夫だった。

 その代わりうねうねと曲がったものもある。木なんて一本一本ちがう物だから、個性があった。「板」も同様に、かなり近代まで、同じ要領で平たく裂いたものだ。この板は斜めに重ねると、絶対に雨を通すこともなかった。師管が切れていないからだ。

 表面はややがたついていても防水が完璧。鋸を使う江戸時代ころまではこれで屋根を葺いたのだ。(どれかの岩波新書による。「杉の来た道」か?)

 節のそばでは繊維は曲がる。その曲がる形のままで箸とすべきではないか。この頃、割り箸には鋸目が入り、皆同じ形に割れるように「強制」してある。だから、思わず割れてしまった箸は偉い。

 しっかりと抵抗し、自分を取り戻している。 一本一本に本来の形が生じるることは困るだろうかと。「教育」という言葉を聞くと、私は「割り箸」を思いだす。

             ◎ノノ◎
            (・●・)

「では、またお会いしましょう。」 2000年3月29日


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