アーサーおじさんのデジタルエッセイ407

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第407 ルパシカの秘密


  ステレオタイプというものがあって、それが映画やドラマでは大層に便利である。
刑事はよれよれのコートを着る。
ヤクザさんは色シャツに白いネクタイ、太ってて五分刈り。
職人はキセルを持って頑固な表情をしている。
陶芸家はなぜか作務衣を着ている。
こういう記号が入れ替わったらドラマの文脈が混乱するだろう。
 わたしが幼い頃は、画家というものが「全て」ベレー帽をかぶり、パイプをくわえて、耳に懸かる長めの白髪がカールしていた。
展示会の略歴には「必ず」滞欧歴○回、という表示があった。
だいたいこれはパリのことであり、その回数が、販売価格に影響していた。
帰国展というものでは、モンマルトルとか、マロニエの風景とか、家の壁や広告塔が描いてあった。
よく見ると滞欧三ヶ月とかいうものもあった。
とにかくパリに住まねばならなかったのだ。何故だ。

 往年のパリは、印象派が脚光を浴び世界の絵画を改革してから間もなかった。
赤貧の画家が数年にして長者に変身した中心地がパリであった。
この世界的勢いがアジアの人も惹き付けた。
「一攫千金」を求める画家が集まったのだろう。
 この話を知人としていたら、「そうそう、そしてルパシカを着ていたなあ」という。
ルパシカ?そういえば、そうだ。何故だろう? Rubashkaは、ロシアの民族衣装ではないか。
なぜ、ベレー帽の彼らがルパシカを着ていたのか?
 そういえば、印象派の勃興ののち、ポスト印象派、フォービズム、そして未来派となるが、その頃は、シャガールなどのロシア出身者が芸術運動に増えたのではないか。
確か未来派はロシア人が多かったのではないか。
そうすると、パリでも最新の画家のステレオタイプがルパシカだった可能性はある。
共産主義者みたいで「進んでいる」イメージだったのではないか。と言いながら、滞欧歴のある彼らに聞いてみるしかない。
無理か。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」  2008年4月19日更新


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