アーサーおじさんのデジタルエッセイ351

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第351 ナルコレプシー


 突然、目の前の世界がとろけて崩壊する。
瞬時である。
熱線を受けた上質のバターのようにである。
その先に何があるかというと、自分を呼ぶものがある。
幼いころの春の一日。
二階家にいて、薄い硝子戸の向こうには斜めになった屋根の上に作られた洗濯場がある。
長時間の雨風を受けて、今はもう、灰色のカルシウムのように細ってしまった木材の空間である。
戸は開け放たれて、春の陽気を取り込んでいる。
古びた綿布団がそこに敷き詰められ、瓦屋根の温もりを集めている。
幼児である自分はそこに横たわると、眩しい太陽を懸命に見る。
オレンジ色と藍色が網膜に交互に飛び込み、綿埃が浮き上がって宇宙の銀河の様相を見せる。

その瞬間だった。
先立って隣に眠っていた猫と同じようになる。
筋骨の存在を失い、手足の自由をもがれ、エジプトの家畜のように人間と動物の区別がつきにくい神の庇護に入るのだ。
アメン神は人間であろうとネコであろうと、そのサイズに沿って等分の太陽の光を恵み、数十年後には熱い砂の中にミイラになれるよう同等の命を掬い取る。
幾世紀もの時を経て目が醒めても、太陽は生卵のように揺れていて、首を反らすと隣の旅籠の看板が見える。
しかしそこに書かれたペンキの文字はやはり猫の立場のように読めない呪文であった。
私には半世紀の時を跨いで、PC液晶ディスプレイの前でナルコレプシーが復活したのだった。


             ◎ノノ◎。
             (・●・)。

         「また、お会いしましょ」 2007年3月10日更新


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