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第五話 空しさの歌


第五話:大伴旅人(おおとものたびと)の歌です。

巻三451

原文

人毛奈吉 空 家者 草枕 旅尓益而 辛苦有家里

読み

人もなき 空しき家は 草枕 旅にまさりて 苦しかりけり

現代語訳

妻のいないがらんとした家は、旅の苦しさにもましてやはり苦しいことだ。

人もなき

旅人は大宰帥で、本官は中納言であったから、留守宅であっても空き家である筈はなく、「人」は妻の大伴郎女(おおとものいらつめ)であり、大納言になって帰ってきて迎えの家人が大勢いても、「人もなき」と思われた心をあらわした。

空しき家は

第二話の「空し」と同じ、妻のいない家は寂しいことをいう。「は」は外と区別し強調する副助詞。

草枕

「旅」の旅」の枕詞。万葉時代枕詞詞。万葉時代は草を結んで枕にし寝る苦しい旅の状態をあらわした。

旅にまさりて

「に」は比較する格助詞、「よりも」の意。

苦しかりけり

「けり」は苦しいことを今気がついた心から受けとめたときに使う助動詞。

解説

旅人が大宰府から故郷の我が家に帰って作った歌三首の第一首。この歌は巻三440歌に呼応するもの。
巻三440 都なる 荒れたる家に ひとり寝ば 旅にまさりて 苦しかるべし
(都にある荒れた我が家に一人で寝たら、今の旅寝にもましてつらいことであろう)
帰途に歌ったこの歌は、大宰府にてもひとり寝の旅であったことをにじませており、その旅寝の苦しさは、楽しかるべき我が家でも今は独り寝の苦しさに変わってしまったことを淡々と歌っている。
我が家に帰ってみると、大宰府で思った我が家の荒涼たるさまの予感が、まさしく事実として迫ってくる心のせつなさを述べている。旅人の歌は淡々と読む人の心にうったえてきますね。
ところで迷訳萬葉集も、どうにか第五話まできました。
次回は、梅の花が満開ですから巻五822歌(大伴旅人)の予定です。


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