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第三話 酒の歌


これからは、しばらく私の好きな歌人にお付き合い下さい。第三話も、大伴旅人(おおとものたびと)の歌です。淡等(たびと)とも書きます

巻三338

原文

驗無 物乎不念者 一坏乃 濁酒乎 可飲有良師

読み

驗(しるし)なきものを 思はずは 一坏(ひとつき)の 濁(にご)れる酒を飲むべくあるらし

現代語訳

甲斐のない物思いに耽るより、一杯の濁り酒でも飲む方がましであるらしい。

驗(しるし)

効能、効き目

一坏(ひとつき)

当時は酒の杯に土器(かはらけ)を用いたので、こう書いた。

濁れる酒

普通は「にごりさけ」といっていたが、漢語「濁酒」の翻読語なので「にごれるさけ」といったもの。糟(かす)を漉(こ)してない酒。「清酒すみさけ」の対。つまりどぶろく。

解説

 日本における酒の歌のなかでは出色です。古代には、酒は神に属したもので、人のものではなかった。 人が酒を飲みうるのは、神事の際、神より賜る場合だけで、 その時に神との間に立つ人が、歌をもって神酒を讃えた後に飲ましめたのである。萬葉の時代に降り、酒が享楽のためとなった時にも、人が他に盃を勧めることとなっていて、 古い風が保たれていた。それらの歌の歌の代表作がこの「酒を讃むる歌十三首」である(窪田空穂「萬葉集評釈」3巻)。萬葉集の注釈書のなかで、酒に関しては窪田空穂「萬葉集評釈」全20巻が秀でています。 但し、残念ながら現在では入手困難です。

 ここで、萬葉集の注釈書にふれます。 現在、全巻の注釈書で入手できるのは萬葉集釋注 伊藤博著 全11巻です。これは個人全訳で過去の注釈を集大成した優れたものですが、 1冊1万円前後と高額です。刊行中の萬葉集全注 全20巻はあと数巻を残すのみですが、 刊行済みの本に品切れがでており、既刊全部の入手は不可能。新編日本古典文学全集万葉集全4巻は読みやすい本です。 中西進著「万葉集全訳注原文付」全4冊は講談社文庫で、価格も安く訳もすぐれています。


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