アーサおじさんのデジタルエッセイ216

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第216話 聖なる瞬間


社員食堂が混んでいた。長テーブルの中ほどの席がひとつだけ空いていた。

向かい側には若い大きな社員。タイの坊さんのように、髪が短く、首の肌はすべすべしている。

空いた席に割り込むと、彼は目を上げた。

私は彼に「ここ、大丈夫ですか?」と確認してからトレイを静かに置いた。

混んでいてもあまり知らない人間と向かい合わせになることは少ない。

つい目の前で食べているものは、なにげに気になる。

でも、なにを食べていたのかは覚えていない。

どきっとしたのは、彼が食事を食べ終えてから、手を合わせ、目を閉じ、(ゆっくりと)一礼したからだ。

それは一瞬であったが、私に向けられたのである。

…無論、本当は目の前の与えられた食事に対してであるが、それに気付くまでに、ほんの、ほんの瞬間だけ、私は驚かざるを得なかった。

はっきり申し上げて、社員食堂で金輪際、食後に合掌をする人は居なかった。

「まずい」と文句を言う人間はいるが、そんな人間はいなかった。

だから私が理解するのに、0.5秒だけ掛かるのも無理ではないだろう。

いまも私は、あの若者は、実は仏教国タイの留学生だったのではないかと、有り得ない感慨に捕らわれるのである。



             ◎ノノ◎
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」2004年6月5日更新


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