アーサーおじさんのデジタルエッセイ185

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第185話 シブヤの休日


また「ローマの休日」を見てしまった。VHSテープ再生では“雨が降り、まばたきが多い”ので見にくいフィルムが、『デジタル・ニューマスター版』による映像で上映するというのである。渋谷に行った。何度見てもシナリオの効いたよく出来たエンターテイメントの正統派である。随所に光るエピソードがあり、見る度に発見がある。僕の大好きなあの最後のシーン。「某国の王女」と「プレスマン」として、記者会見の言葉の中で、二人は暗号めいた会話を交わす。

A「各国の信頼が変わらないことを祈ります。――人と人の友情が変わらないのと同じように・・」
G「陛下のご信念は裏切られないと存じます」
A「それで安心しました・・」

そして彼女は記者団にインフォーマルに握手をし、会見の場を去る。豪華絢爛な宮殿に取り残されたグレゴリーペック。ゆっくりと広間を横切りエントランスに向かう。そして最後に一度、誰もいない会見席を振り返る。そしてまた去る。僕はこの「振り返る」ラストシーンにこころが大きく動いた。

前夜、二人の最後となるはずの別れでは、「決して見送らないで。私も振り返らないから」と王女は言ったはずだ。「振り返る」というのは、実は『別れることの決心表明』ではないだろうか。僕はそう考えた。彼と彼女はこれで永遠にそれぞれの違う世界へと切り分けられる。そのことを受容し、相手へ「幸あれ」とメッセージを送る。これが“振り返る”意味である。これによって二人の『出来事』は『思い出』に変貌するのだ。だから、前の晩には振り返る覚悟が出来なかったのだろう。

思い当たることはないだろうか。別れたくない状況では「幸あれ」とメッセージを送ることは出来ないのだ。人生に、ほんの幾つかの「思い出」は生きるために必要である。いっそ無かった方がよい、とは思われない。


             ◎ノノ◎
             (・●・)

         「また、お会いしましょ」 2003年11月9日更新


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